#192 THE TOKYO TOILET プロジェクト
2024-03-25
ヴィム・ヴェンダース監督の「PERFECTDAYS」という映画を見る機会がありました。東京・渋谷を舞台にトイレの清掃員の男が送る日常を淡々と描いた物語で、昨年のカンヌ映画祭で役所広司が主演男優賞に輝いて話題になりました。そこに出てくる澁谷の公園トイレ群の機能やデザインが個性的で優れているのに関心を持ち調べてみると、日本財団と渋谷区が共同で取り組んだ「THETOKYOTOILETプロジェクト」という企画にヴェンダースが賛同してこれを映画の舞台にしたことを知りました。その企画たるや、さながら有名建築家による公衆トイレの設計コンペ案を見るようで、さっそくとある日曜日渋谷に出掛けて公衆トイレ見学と相成りました。
渋谷駅を中心に恵比寿から代々木八幡までのおよそ5キロ四方の範囲にそれらの公園トイレは散在し歩いて行ける距離にあります。
最初に行ったのは恵比寿東公園内にある「イカのトイレ」。公園内にあるタコの滑り台から別名「タコ公園」と呼ばれているのに対比させ、男性用、女性用、ユニバーサル用の三つのトイレを分散して配置し、それをイカ状のうねるような鉄板屋根でひとつに繋ぎ、中央にシンボルツリーを設け壁面には待ち合わせのベンチも備え付けていてしかもスモークガラス張りで明るい。小さい中に外部空間と内部空間が同時に用意されて防犯上も安心感が高い秀逸な建築です。その設計の熟達ぶりは自分には決して浮かばないアイデアだと見とれていました。設計はかの大御所・槙文彦氏。
更に少し歩いて神宮通公園内にあるのがシルクハットを逆さまにしたような逆円錐形をした庇の長いメタリックな公衆トイレです。別名「あまやどり」と命名されているようで、少し雨が降っていましたが、たしかに濡れずにその下に佇むことができます。トイレはコア式に中心部に集中していて曲面形の引き戸を引いて中に入る仕掛けです。外周の廊下に当たる部分はスリット状の竪格子から光が入り暗くはないのですが、鉄製の引き戸が少し堅くて難儀しました。設計はあの安藤忠雄氏。
次に行ったのが少し西に歩いて松濤地区にある鍋島松濤公園のトイレ。それが公園のどこにあるのかちょっとまごついたくらいに木材に隠れた迷路のようなトイレです。男女、ユニバーサル共別々に配置され、しかも高低差があり、全体に木片が林立していて何かのオブジェのようです。
その木片には杉板が使われ大小さまざまなサイズのものがトイレ建屋本体から金物で支持されていて、一見無造作なように見えますが精緻な計算がされての配置だろうことが推察されます。5つに分かれた小屋を「森のコミチ」と名付けて遊歩道で結び、高低差によって風通しを確保し子供たちの遊び場にもなるよう企図したようです。設計は「負ける建築」を標榜する隈研吾氏。
最後に紹介するのは、映画でもどうやって使うの?と思わせるシーンがあった代々木深町小公園にあるトイレです。オールガラス張りで外からは中が丸見えのボックス型トイレですが、ガラスに調光フィルムを張り利用者がいないときはフィルムに電気を流すことでガラスが透明となり中が見える状態に。トイレ内に入り鍵を閉めることで電気が流れなくなりガラスが不透明になる仕組みだそうです。映画で紹介されてから瞬く間にSNSで発信され海外で話題になっているといいます。でも現在、行った日のような寒い時期は電気の流れが不活性なためスモークのままにしているとのことでした。設計は紙管と布を使った間仕切りシステムが被災地の避難所で活用されたことで注目を集めた坂茂氏。
このほかにも杉板のコンクリート打ち放し壁でワンダーウォールと呼ばれるトイレ空間を作った恵比寿公園の片山正通氏の作品や、代々木八幡にある3本のキノコをモチーフにした伊東豊雄氏のタイル張りのトイレなど個性的な秀作が目白押しです。
公衆トイレというとこれまで4K(臭い・汚い・暗い・怖い)のイメージが付きまとって、急でない限り使うのを敬遠する傾向にあったものですが、これらの斬新なトイレ群は性別や障害の有無を問わずだれでも快適に利用できることを目標に整備されて清々しい気持ちにしてくれます。
世界に目を向けると各国のトイレ事情は様々で、中国のトイレの不潔さは有名ですが、まだまだインドや東南アジア、アフリカでは水の確保さえままならず悪臭と不衛生さでインフラも含めた整備を待っているところがほとんどです。経済活動の中で個を満たしてはじめて公に目が向けられるのでしょうか。これらの渋谷のトイレ群を見て世界に冠たる清潔さを自慢するのではなく、世界に向けて発信、提案していければいいのにと、人ごみの中を1万8,000歩あるいて疲れた頭で考えていました。