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社長のうんちく

#199 根津神社のお宮参り

2024-11-25
 9月に次男に孫が生まれ、住んでいる近くの神社でお宮参りをするとのことで呼ばれて行ってきました。詣でた神社は文京区にある根津神社。近くの谷中にはかつて仕事で頻繁に通ったことがありましたがこの根津神社に来たのは初めてでした。「谷根千」と呼ばれる人気の地域に隣接する場所に広い境内を持つ古社で、建物群も本殿をはじめ拝殿、唐門、楼門など七つの建物が重要文化財に指定されています。
 由緒書きを見ると江戸中期の第5代綱吉の代に現在の伽藍が整えられたとあります。
 嗣子のなかった綱吉は甥にあたる甲府藩の綱豊を世嗣に定め、江戸屋敷で育った綱豊が根津権現を産土神(うぶすながみ)としていたため、江戸城に移る際に藩邸跡を奉納して大造営を行ったのが現在の建物群で、諸大名が動員され当時天下普請と呼ばれたといいます。江戸中期の権現造りの建築様式を踏襲し彫刻なども華美でなく常識的範囲に納められており、彩色等は何回か修復されたと思われますがよく保守され、なによりも戦災や震災を免れて当時の建物が残されているのは驚きです。楼門などは江戸内の神社の中で唯一残っているものといわれ貴重です。
 この日は前日の雨とはうって変わっての晴天に恵まれて七五三で訪れる家族連れで賑わっていました。順番を待って拝殿に上がり権禰宜に子供の健やかな成長を祈願する祝詞を神前に奏上してもらいました。神社も根津神社くらいになると権禰宜が何人も待機していてその多さに少しばかり驚かされました。
 また境内地の楼門脇に工事している場所があったので案内を見てみたら「鴎外荘移築工事」とありました。かの森鴎外が暮らし明治期のロマン主義文学の傑作と言われる「舞姫」を執筆した旧宅が池之端の水月ホテル鴎外荘に保存されていましたが、2021年に閉館したためその移築保存先をこの根津神社で引き受けることになった工事とあります。鴎外は根津神社の氏子でもあって、「青年」という小説には「根津権現」として当地が登場する縁にも因んだのだといいます。財力があればこその話しでもありますが、移築保存が許されたことの功績は大きいとも思います。
境内の広さは7千坪あるとされ文京区の一等地に静謐な空間を醸していますが、西側にある乙女稲荷前の参道には千本鳥居が並び、日本らしさを感じるのでしょうか、外国人観光客がひっきりなしにシャッターを押しています。
かねがね子供が生まれるとお宮参りや七五三は神前にて行い毎年の初詣でも近くの神社やお寺に行くのに、成人すると多くの人がウエディングドレスになってしまうのはどうしてなのでしょうか?日本人の面白いところですが、いずれにしても秋の一日、孫の健やかな成長を祈りつつ気持ちのよいお宮参りができました。
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