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社長のうんちく

#209 歎異抄が語るもの

2026-05-08
 京都の東西本願寺に本山を置く浄土真宗はその信者数では最も多い教団といわれています。特に関西や北陸地方に多くの寺院や門徒を有しています。その教えは浄土思想から専修念仏を唱えた法然上人に始まり、その門下であった親鸞がその教えをより一層先鋭化して前に進めたものとされます。阿弥陀如来の本願にすがり南無阿弥陀仏を唱えるだけという易行(いぎょう)―簡単な方法で極楽往生できるという思想が、平安末期から鎌倉時代初期にかけての動乱と災害の続いた時代に広く民衆に受け入れられました。釈迦入滅後1500年経つとその教えも守れなくなる悪い不安な時代が来るとされる末法思想が広く信じられていた時代。寄進や奉納で自力本願できる富貴な人なら往生できても、多くの貧しい民衆はそれもできずに普段から殺生もしている、どうすれば極楽浄土に行けるのかとの問いに、ただ念仏を唱えれば往生できると説いたその思想がどれほど多くの一般民衆に支持されたかを想像したいと思います。しかし当然のごとく既成仏教からは攻撃や弾圧が加えられ、時の後鳥羽上皇の熊野詣の際の事件がもとで、法然は讃岐へ、親鸞は越後へ流罪となります。後年赦免され法然は京に戻りましたが、親鸞はその後も常陸国をはじめとした東国に長く留まり布教を続けました。親鸞は還俗させられたこともあって妻帯し子供も設けています。「教行信証」など著作となる教本も残してはいますが、その教えは分かりにくくその本質を伝えるものは意外と少ないと言われているのです。
 ここに唯円(ゆいえん)という親鸞の弟子にあたる人が書いたとされる「歎異抄(たんにしょう)」という本が伝わります。永い間本願寺に秘匿されていたものが明治期になって清沢満之という真宗の宗教家が研究し紹介してその名を知られるようになりました。親鸞没後30年余を経た時代に、直接師を知る唯円が、師の教えと異なった教えが広まっていることを歎き、文字通り歎異すなわち異を歎くために書かれた本でした。親鸞本人の口ずから聞いた唯円にとってその異議が誠に嘆かわしかったのです。書は十八条からなり、一条から十条までが親鸞の言葉、十一条から十八条まではその言葉を手掛かりにした異議批判とされています。著作では分かりにくかった親鸞の肉声がこの歎異抄にはよく表れているといいます。その中でとくにこれを有名にしたのが第三条で、一般に「悪人正機説」と呼ばれている条文です。
 「善人なおもて往生をとぐ、いはんや悪人おや」—善人ですら極楽往生へ行くことができる、まして悪人は極楽往生へ行くのは当然ではないか。
 この一般道徳からすると真逆のことを言っているように思えるこの親鸞の言葉は意味深く重要です。道徳の立場に立つ限り、善は悪より価値が上です。よって善人が悪人より極楽へ行く可能性が多いと思うのは常識です。でも親鸞はそういう常識を否定します。悪人のほうが善人よりはるかに救済の可能性が高いというのです。まさに逆説中の逆説です。しかしこの逆説性の中に元来信仰というものの秘密があるのだと示唆します。浄土教には二種深信(にしゅしんじん)という考え方があり、機の深信と法の深信のことをいいます。機の深信とは、自己は徹底的に救いがたい罪人であることを信じるということ。法の深信とは、そのような罪人が阿弥陀仏の広大極まりない慈悲によって救われることを信じるということです。つまり人間は自己として、現実の人間として徹底的に愚かであり、徹底的に悪なるものであると知る。その愚と悪の自覚において、われわれは限りなく大きく限りなく輝かしい阿弥陀の光に出会うことができる、というのです。阿弥陀仏の慈悲の対象は、むしろ様々な価値を持っている善人、賢者ではなく、何の価値も持たぬわれらがごとき悪人、愚者であるというこの宗教的パラドックスの思想はこの歎異抄において最も明確に最も簡潔に表現されているとされます。
 解説書は、第五条の「親鸞は父母の孝養のためとて、一返にても念仏まふしたることいまださふらはず」を引いて、親鸞はここで日本古来の精霊・死霊への崇拝と結びついた祖先崇拝にはっきり別れを告げ、己の内面の奥深くに神を見つけるという正しい信仰を確立しようとしているとのだと説きます。阿弥陀仏以外の神や仏を信じないこと、つまり一神教の主張なのだといいます。
 これらの歎異抄が語るものを中世の争乱の時代、科学技術が未発達の時代の一過性の思想だと言える勇気を持てません。親鸞が最晩年に語ったとされる「阿弥陀仏は方便」という言葉には阿弥陀仏の神話的な粉飾を除き去り、その実態が「自然」であることを直視しようとするものだと解釈を発展させれば、親鸞の苦悩は私たち現代人にも通じるところがあると思えてきます。
 司馬遼太郎氏は二十歳で従軍した際、死について考えておこうと思い、歎異抄を読んだそうですが、黙読した時には「つまらない」としか思えなかったのが、次に音読してみてイメージが一新したといい、「行と行のあいだの沈黙の言葉が響きとして伝わってきた」と語っています。
 無宗教の時代と言われます。日本に限らずキリスト教の海外でも同じだと言われています。医学の発展と共に寿命が延び死を予定できる時代になったからだとか、あの世などなく介護施設があの世なのだと分かっているからと揶揄する論もあります。しかし、いつの時代でも悩みや苦しみを覚えない人はいません。
 歎異抄が語るものは、『浄土というものは人々を悟りの世界に導くための「道路」であり、無上の方便である。浄土という世界こそが実は悟りを開くのに最高の手段だと示されているのだ』と解釈される真宗学者・内藤知康氏の言葉に現代にも通ずる普遍を感じるのです。
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